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雨宿り



「ぴっちぴっちちゃっぷちゃっぷ……」

 黄色い雨具を着て歩く少女がいた。母親らしき女性と手をつなぎ、大きな一本の赤い傘の下で歌いながら跳ねている。

 雨が降っていた。
 トロイアの町は厚い雲に覆われていて、今日という日に傘を持ち出していないことが不思議なくらいに、今は重く雨が滴っていた。

「やまないなあ……」

 リディアはぼんやりと寄り添う親子を眺めながら、靴屋の軒下を借りて雨を凌いでいた。とはいえ宿へ戻るか迷い歩く間に、そこそこ濡れてしまっていたのだが。リディアは冷えた腕を摩った。ここが雑貨屋であれば傘やストールを買うことも出来たろうに。
 今日の夕飯は宿ではなく外で待ち合わせをしていて、自由行動中の突然の雨だった。みんなはもうお店に着いたかな。濡れてはいないかな……。水たまりをわざと踏んで音を立てる少女。あどけない子供の姿は普段は心を和ませてくれるけれど。
 傘を差して、手を引いて、一緒に歩いてくれたお母さん。わたしもわざと水たまりに入って怒られたっけ。

「迎えに、来てほしいな……。おかあさん……」

 ああ、一人雨の中座り込んでなんかいるから、こんなに寂しくなるんだ。
 リディアは涙腺がゆるゆると緩んでいくのを感じた。郷愁の想いがじくじくと胸を衝く。そのうち込み上げるものが抑えきれなくなり、リディアは膝に顔を埋めた。

「あーっ、いたいた!」

 どれくらい経っただろう。実際はそんなに経っていなかったと思う。
 場違いに明るい声がリディアの意識を引き上げた。

「エッジ……?」

 見上げたそこにはいつもの彼がいて、大きな赤い傘をリディアに差し出していた。濡れ鼠のリディアを見て少し顔を顰めると、軒下に入ってからタオルを取り出し、リディアに頭から被せた。

「おい、濡れちまったのか? なんで泣いてんだ」
「な、泣いてなんかないもん……」
「よーしいい子だ、ならちゃんと拭け」

 無遠慮にわしわしと頭を掻きまわす指は心細かった身には力強くて心地よい。リディアは安心して頭を預けた。

「カインが宿から直接来たんだけどよ、お前の傘が置きっ放しだって言うからみんな大騒ぎだ。見つかって良かったわー」

 エッジは髪を拭き終わってから目元をもう一度拭って、リディアの肩に手持ちの巻物を巻いてやった。リディアはぱちくりと目をしばたたいて。

「みんな探してくれてたの!?」
「おう、濡れちまったみたいだし、宿に戻るか。後でなんか食いもん買ってくるから」
「み、みんなは?」
「半刻見つからなきゃとりあえず宿にってことになってるから、もうすぐみんな戻るよ」

 みんなに迷惑を掛けた申し訳なさはあれど、上回る暖かさにリディアの瞳はまた濡れた。あーもう、どうしたどうしたなんて言いながらエッジが優しく指で目元を拭った。

「エッジ、みんな、ありがとう……」


 リディアはエッジが持ってきてくれた赤い傘を差した。エッジが差すのはリディアのそれより大きい青い傘だ。傘を差して並ぶと、いつもより少し遠く感じた。

「あのね、ちょっと寂しくなっちゃって」

 宿に向けて歩き出しながら、リディアが語り出した。

「一人で座り込んでたら、泣けてきちゃって。お母さんと歩いてる女の子を見たらね、わたしもああやって手を繋いで歩いたなあ、なんて。なんだかいろいろ思い出しちゃった」

 迎えに来てくれて、ありがとう。
 雨音と距離に邪魔されて、それでもはっきりと耳に届いた言葉は決して弱々しいものではなかった。エッジは傘に隠れて軽く口端を上げた。

「ふむ。いいこと考えた」
「え?」

 リディアの手を掴み、エッジは大きな傘の下にリディアを引っ張り込む。
 わわ、と二三歩よろめいてリディアはエッジの肩にどん、とぶつかった。

「ほら、そっちの傘貸せ」
「ほらってなによう」

 リディアはぶつくさ言いながら言われるがままにエッジに傘を手渡した。エッジは器用に傘を閉じて腕に掛ける。

「そーれ! ぴっちぴっちちゃっぷちゃっぷらんらんらん!」

 掴んだリディアの手をぶんぶんと振って大股で歩くエッジは、全然お母さんみたいじゃない。それでもきっと、いつかお母さんじゃない誰かの手を取って歩く日が来るのなら、こんな太陽みたいなひとがいい。
リディアはそっと唇を噛み締めてから、歯を見せて笑った。

「……エッジ 、歌下手なんだね」

 あと、その歌って世界共通なんだ。無粋な言葉は置いておいて、リディアはその暖かい手をそっと握り返した。






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