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りんご


 むくり。
 まずは上から。ふわふわの羽毛布団がもぞもぞと跳ね上がって、そこからこれまたふわふわの若葉色の柔らかい髪がちらちらと覗く。ひんやりとした空気に晒した素足を慌ててスリッパに突っ込み、リディアは洗面所へ向かった。水を張り、顔を洗って、髪を梳かす。

 そこで、はたと。無遠慮にわしわしと頭を撫でる感触を思い出して、リディアは洗面台に突っ伏した。

「あああああああああああ」

 そうなのだ。昨日リディアは、あの若紫の君の恋人になったのだった。

 さてはて今から一体どんな顔をして会えばいいのだろうか。恋人のいろはとはいかに。昨日は最後はお互い夕陽に負けないほど真っ赤になって。そう、きっとカイン辺りが見たら、なんとも初々しいな、なんて言いそうなそんな甘ったるい時間だった。
 26にもなるあのひとでさえ、私には少年のように見えた。

 あの形の良い唇が、私の名を紡ぎ、そして、そして!

「きゃああああああ」
「なんだ!? どうした!?」

 さて、その当人であるエッジが乱暴に扉を開けて個室に飛び込んできた。

 そうだ、ここはトロイアの宿屋。昨日エッジと二人で町へ散策へ出て、それであんな、あんなことに……!『あんなこと』が脳裏をよぎり、リディアはまたも突っ伏した。

「い、いたの、エッジ、そうよね。そう……あああああああ」

 呻きながら真っ赤になって身をよじるリディアを見やって、原因に思い至ったのかエッジが困ったように頬を掻いた。

「そうですけど……なんだリディア、その、今更ナシとか言うなよ」
「……うん」

 昨日の件を撤回する気はリディアにもさらさらない。
 しかし――しかし! エッジが、エッジとわたしが恋人だなんて、そんな、そんな!
 甘くむずがゆいその響きが体中を巡っては、いわゆる顔からファイガというやつだ。しゃがみ込み、そっと伸びてきたエッジの指先にこれでもかとリディアは仰け反った。
 エッジはさすがに微妙な顔で唇を歪めた。

「……あのなあ。あんまり意識し過ぎるなって。ローザ達に心配かけるし、戦闘中も危ない」
「わ、分かってるけど……けど、こ、こここ恋人って、どどどどうすればいいの……!」
「……今まで通りいてくれよ」

 耳まで赤く染まったリディアを見る限り、じゃあ晴れて今日から恋人らしくなんて無理そうだとエッジは判断した。小さく嘆息する。エッジはそっと顔を覆うリディアの小さな手を取ってやわやわと揉み込んだ。恥ずかしいはずなのに、どこか落ち着く。エッジはどうして普通にしていられるんだろう?
 リディアはおずおずとエッジを見上げた。

「別に、俺は急かす訳じゃないから。お前の気持ちが分かっただけで、今は満足だ。何よりまあ、今はそれどころじゃねえしな」
「う、うん……ありがと……あの、昨日言ったことは、本当、だから……」
「うん」

 嬉しかった、と目を細めたエッジを見てまたリディアの顔には血が上る。昨日の夕陽に照らされた顔が重なる。
 形の良い唇は、意外と柔らかくて――

「あああああああああ」
「……俺、あいつらに殺されるんじゃなかろうか」



 トロイアを出た一行は徒歩で飛空挺へ向かう。少し肌寒くなっては来たが、さわさわと木々の枝葉が擦り合う音が心地よい。

「……なあ、やっぱ一個だけご褒美もらっていいか」

 こそり、少し後ろを歩いていたリディアにエッジが耳打ちした。

「え? なあに?」

 着慣れた旅の服に着替えて、セシル達と朝の挨拶を済ませると幾分かリディアは落ち着いた。いつものように少し首を傾げる仕草がエッジの瞳には愛らしく映る。
 エッジはその問いには応じず、可憐な唇に素早く顔を寄せた。

「えっ、ちょっ、ちょっと、待っ……!」

 反射的にぎゅうっと目を瞑ったリディアの鼻頭にエッジが軽く噛み付く。

「きゃっ」
「続きは後でな」
「しっ、信じらんない! あんたなんかカエルさんになっちゃえ……!」



 ぼしゅん! ゲコ。後方でなにか起こっているようだが、先を行くバロン組の歩は今日も快調だ。

「……なんとも初々しい」

 竜騎士の呟きは、ぽつりと空に溶けた。

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