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ふじいろ



「ねえエッジって、なんだか身の回りのもの、紫色が多いよね。好きなの?」

 ずず、としっかり音を立てて茶を一口飲んだリディアが、問うた。向かい合わせのエッジが目を瞬く。

 リディアの視線は、エッジが手で遊ばせていた髪留めに注がれている。
 ここに落ち着く前に、城下町の装飾屋でエッジがリディアに買ってやったものだ。真ん中には淡い紫の石が入っている。

「ああ、うーん。この色な、俺の国ではなんだか高貴な色ってことになってるらしいんだよ。んで、昔っから持ち物や服に藤色が多かったから、なんかこの色が落ち着くよーになっちまったというか……、まあ好きってことになんのか。俺なんて瞳まで紫なのに笑っちまうよなあ」
「ふじいろ」

 エッジは鸚鵡返しされて初めて、それがエブラーナ特有の呼び方であると思い至った。

 エブラーナには独自の文化が大変多い。己と真逆な侘び寂びだとかやたらと繊細な祖国のそれを、エッジは心から愛していた。

「あ、そうだな藤色ってのは、紫色のことだ。エブラーナでは藤っていう、淡い紫の花があるんだよ。小さい花がわさわさしててさ、おめーが好きそうだなあ」
「ええ、綺麗だろうなあ。見たいなあ」

 リディアが目を細めて微笑んだ。
 わさわさって俺も大概語彙が少ねえなあ、なんて思いながらのエッジのたどたどしい説明にも、リディアは興味を持ってくれたようだった。
 穏やかな午後、好きな人と共に好きなものの話をして、それで笑ってくれるなら、こんなに幸せな時間は他にない。

「そうだなあ。桜は見せてやったけど、藤は見たことねえか。桜は春だったろう?藤はその後だ。桜が散って、紫陽花の咲く前。」
「あじさい?」

 先ほどと全く同じに返されて、エッジは口端を緩めた。
 祖国が四季さまざまな顔を見せる国で良かった。ことあるごとにその美しく儚い変化を二人で楽しむことが出来るのだから。

「ああ、紫陽花もだな。色んな色の小さな花が集まってんだ」
「素敵。あじさいも見たいなあ」
「……おう。そっちは梅雨……いや、雨季だからな。また呼ぶよ」

 エッジはよっしゃ、と小さく拳を握った。
 リディアとの約束。リディアは約束を決して破らない。この曖昧な距離感を精一杯繋ぎ止めるために、エッジは毎回必ず彼女が帰るまでに約束を取り付ける。
 リディアはそんな嬉しそうなエッジを見て、遠くを見るように顔を上げた。

「……ふふ。私ね、エブラーナのお花っていうか、文化? すごく好きだよ。バロンの方ではやっぱり、きらびやかだったり、派手なものが好まれるの。でもエブラーナのものはなんだか、美しさの中に、なんていうのかな、切なさも感じるの。エブラーナのことを話している時のエッジもすごく楽しそうでね。本当に本当に、いい国だよ」
「……お褒めいただき、どうも。良くわかってるじゃねえか。エブラーナにはな、常に見頃があるんだ。咲き誇る美しさと、散りゆく侘しさもな。おめーも毎回エブラーナ旅行、大変だなあ。いっそ住んじまえばいいんじゃねえの」

 むずがゆく照れながらもおどけた口調でぽろりと出たエッジの本音に、リディアは思いがけず大きく反応した。
 大きな瞳を更に丸くして、エッジに向き直った。

「……いいの……?」
「……え?」
「……そう、しようかな」

 がつんと後頭部を殴られたような衝撃に、エッジは目眩すら覚えた。
 良し、来い!城に住んで、きっとお前が俺を好きになったら、結婚しよう!
 ぐるぐる回って口からいざ飛び出んとする本音を、いやいや、天然ちゃんの言うことだちょい待ち落ち着けとどうにかエッジは押しとどめた。

「……本気で言ってんの? ……俺は、構わねえけど」
「うん。城下に住んで、良かったら毎月エッジとお花が見たいな。忙しかったら、仕方ないけど……」
「………」
「ちゃんとお仕事もして、自立するんだあ。……わたしに出来るお仕事があるかは、不安だけど。それでたまあに、エッジとお茶が出来たら、楽しそうだなって」

 細まるリディアの瞳の中に、エッジは確かに孕む熱を見た。

 リディアの、精一杯の告白だった。

 気づかないはずがない。リディアの瞳は、俺がリディアを見るそれと同じだったのだから。押しとどめたはずの言葉が、引きつった喉から溢れた。

「……あるよ。お前にしか出来ない、大仕事」
「……なにかな?」
「エブラーナ王妃、……とか」
「……」

 リディアの大きな翡翠にみるみる涙が溜まって、決壊し、ぱらぱらと零れ落ちた。いつかの光景を思い出した。恋に落ちたあの日を。
 エッジがそっとそれを指で掬いとる。

「大変な仕事だけど、俺とのんびり花見が出来て、毎日お茶出来るっていう、最高のプランなんだけど、……ああほら、鼻水」
「……っ、ぅ、うぅ……っ」

 ついに顔を伏せて手で覆ったリディアの肩を寄せ、エッジは胸に抱いた。顔をくすぐるふわふわとした新緑の髪が愛おしい。

「……俺はお前がいっとう好きだよ。本当はずうっとこうして抱きしめたかった。お前が俺の嫁さんになってくれりゃあ、他にはなんにもいらねえよ」
「うん、うん……!」

 しゃくりながらもリディアは震える指先でエッジを抱き返した。服が皺になりそうだったが、そんなもん構わない。

「ああ、こりゃ嬉しいな。こっちまで泣けてきそうだ」

 小さく鼻を鳴らしたエッジに、リディアはびっくりしてくしゃくしゃの顔をあげた。切れ長の瞳の眦に浮かぶ雫を見て、リディアの胸はきゅうっと締め付けられる。
初めてみる、泣き笑いのようなエッジの顔。
 たまらなくなって、白い指先が彼の頬にそっと触れた。

「わたし、エッジのこと、きっと幸せにしてあげるから……!」
「おお、お前はほんっと男前だ。……すきだよ、リディア。」

 ふにゃり、とろける笑顔でリディアは笑って、目を閉じた。
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