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そして二人はここから始まる




 そして二人は夏の終わりに、永久の別れと相成りました。


 そうはバロン夫妻が卸さなかった。
 幻界とミストを行き来するリディアを目敏く捉え、やれ何々の記念式典だ、やれ誰々の誕生日だなんだで呼び出した。

 それは交流深い仲間も同じことで、セオドアが初めて喋った七周年記念日(セオドアは不在だし参加者は主催を除き三人だ)とかいう日には、さすがのギルバートも疲れた顔を隠せなかった。基本的にギルバートは人が好い。
 陛下夫妻ともなると何かに託けねば旧知の友に会う機会もなかなかないのだなあと思うと、リディアはふたりの親友として是が非でも出なければという使命感に駆られる。リディアは皆と会えるのが純粋に楽しかったし、呼ばれる人間の中では大分暇であった。

 集まる面々はその時々で違えど、リディアはエッジがこれまで来たのが三回だと覚えている。二度と会わないと言っておきながら、三回も!
 久々に会ったエッジはいかにも普通だった。「よっ」なんて軽く声を掛けて、いつものようにさり気なく料理を取り分けてくれたり、人波にぶつからぬようにリディアを上手く連れて城下を歩いた。
あの夏の終わりは夢だったのかもしれないなあ、とリディアも思い始めるくらいには、エッジは普通だった。

 ローザとセシルが、エッジとリディアの事に気を揉んでいるのは分かったが、二人にはあの夏から幻界にいることの増えたリディアを、人間界に留めておきたい気持ちがあることも知っていた。おかげで私は帰るところがあると、私は人間だと胸を張って言えるのだ。
 二人には、本当に感謝している。



 それからまた随分と時が経った。
 エッジと会うのは両手の指では足りなくなった。それどころの騒ぎではないのだが、またみんなと一緒に月まで行ってきたのだから。
 それからリディアにはクオレという娘が出来た。このクオレとエッジは妙に馬が合う。クオレに会うのだと意気込んでエッジはまたミストへと足を運ぶようになった。

「海が見てみたい!」

 絵本から勢い良く顔を上げたクオレの言葉に、エッジの目元が一瞬引き攣った。あの日から何年も経って、いつだって普通だったエッジの、初めて見る揺らぎだった。それを見ながらリディアは、ああ、あの日のことは夢じゃなかったんだなあと思う。

「海なら飛空挺から見たことあるでしょう? あの青いのが海だよ」
「分かっている、けど! あれとは違う」

 興奮したようなクオレを宥めすかすが、誰に似たのかクオレは好奇心旺盛だ。多分二人ともに似た。
エッジは立ち上がると、ひょいとクオレを担ぎ上げ、肩車した。

「知ってるか、海はこの地上の七割を占めているんだ」
「それは凄く大きいのか」
「クオレの両手にはとても収まりきらない。俺だって無理かもなあ」

 感嘆の声を上げるクオレだが、リディアは日の傾きに気を揉んだ。

「もう遅いわよ、エッジ」
「ええーっ」
「ちょっとだけちょっとだけ」

 エッジはクオレを片腕でしっかりと押さえたまま、もう片方の手でリディアの手を掴む。

「俺たちには足があるんだ、クオレ。……今日は飛空挺だけど。えーっと、どこへだって行けるのさ」

 クオレを揺らし過ぎないよう、さりとて早足でエッジは飛空挺へと向かった。エッジは、あの日をやり直したいのかもしれない。
 どこへだって行ける、か。
どこにも行けなくなったのはエッジじゃないの。
 別れの日から消えることなく、リディアの体の中いっぱいに膨れ上がった恋は、ここに来てどうやら限界を迎えたらしい。満ちて弾けて、とうとう目から溢れ出した。震える呼吸と汗ばむ指にエッジが気付かぬはずもない。黙ってくれているエッジに感謝して、しとどに濡れた頬を乱暴に拭った。
 飛空挺に乗り込む前に、リディアはエッジから竹筒を借りて小川の水を注いだ。こうしておくと後が楽だとあの時覚えた。ついでに目元も冷やす。

 クオレは甲板から景色を眺めてはいろいろとエッジに問いかける。飛空挺に乗せたことは初めてではないが、陽が落ち紅く染まった世界はまた違った顔をしていた。リディアとてあまり見ないものだから圧倒されてほうと息を吐いた。

 着いたのはやはりエブラーナだった。まだ陽は落ち切っておらず、海と空の境目はぐずぐずに溶けて揺らめいている。言葉に出来ないくらい美しかった。
 時間はそんなにないぜ、と焦ってエッジはクオレをまた肩車して、波打ち際まで走った。
 リディアは岩場に腰掛けて二人を眺めていた。目を閉じるとざざん、という大きな音の中にぱしゃぱしゃと小さな音と楽しげな声が聞こえる。幸せの輪郭がそのまま見えた気がした。誰もが人生全てを掛けて探すものは、こんな風に形あるものだったのかもしれない。
 涙が溢れては砂に吸い込まれていった。

 戻ってきたエッジは眠ってしまったクオレを横抱きにしていた。砂浜を見ると、作りかけた砂の城が、夕暮れの満ち潮に絡め取られていく。起きたらがっかりするだろうか。
 眠ったままのクオレの足を持ってきた水で洗う。気温に馴染んだ生温い水は、クオレを目覚めさせることはなかった。元通りに靴を履かせてから、リディアは竹筒の蓋を閉め直した。ふたりの間には言葉もなく波の音だけが流れる。宵闇が迫っている。

「今日は遅いから泊まっていけ」
「うん」

 エッジの言葉に短く返してから、リディアは頭をエッジの肩に預けた。エッジが一瞬びくりと震えたのがなんだかおかしかった。触れたところからじんわりと馴染んだ体温が広がっていく。やっぱり私は、馬鹿みたいにただひたすらに彼が好きだった。
 クオレが起きぬよう気遣いながら、エッジはリディアの顔を覗き込んだ。
 唇が触れ合う直前に見たエッジの顔は、夏の夕陽のように揺らめいていた。







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