スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



そして二人は夏の終わりに




「海が見たいなあ」

 何気ない会話の中に、ぽつりと落ちた言葉を拾い上げたエッジは、直ぐさまリディアの手を掴んで駆け出した。

「見れるだろう、何せこの星は海に囲まれている!」

 七割だったかな? 走りながら言うエッジの声は風に流れ、耳元で囁かれたように近く響く。リディアは口元に笑みを形取ってから、見えないのだからいいかとすぐに止めた。
 エッジには簡単なことでも、私にはひどくむつかしい。




 抵抗しようという訳でもないが、彼女の都合を確認もせず、エッジはさっさとリディアを連れて飛空挺に乗り込みその機体を浮かび上がらせた。しばらくすると遠くに青がちらちらと見える。

「海だ」
「もういいのか?」
「ううん、ちょっと違う」
「だろうな」

 リディアは甲板に備え付けられた木のベンチに腰を下ろした。右斜め後方ではエッジが操縦桿を握っている。それ以外に特に会話もなかったが、無言の空気が重くなる間柄でもなかった。
 リディアは黙って遥か地上の海を眺めた。

海は怖い。私を飲み込み、仲間を散り散りばらばらにしてしまったから。
海は怖くない。リヴァイアサンが守ってくれているから。

 大人になっても、子供の頃の衝撃は大きいままに残っている。
 今となっては事情をすっかり把握していても、飲み込まれる圧倒的な水の恐怖という純粋な体験は、なんとなくリディアを深く大きな水から遠ざけていた。

 その内リディアは少し眠ってしまったらしい。





「着いたね」
「着いたな」

 飛空挺が降り立ったのは大方予想通りにエブラーナだった。この国は四方八方を海に囲まれた島国だ。もちろんミスト擁するバロンにだって海はある。が、わざわざここまで来なくてもなどと無粋なことは口に出さない。

 ごつごつとした岩場に差し掛かって、エッジはリディアの手を取った。いつだってエッジの手は大きく暖かかったけど、触れるのに理由が必要になったのはいつ頃だったっけ。
 塩をたっぷりと含んだ風が髪を撫で付ける。後でしっかり洗わないと、リディアの髪はすぐべたべたになって絡まってしまうのだ。ちょっとエッジの短髪が羨ましくなった。岩場を抜けて砂浜に出ると、リディアはするりとエッジの手を抜けて走り出した。

 ぱしゃんと蹴るように波打ち際に突っ込んで、リディアは素直に笑んだ。

「冷たい!」
「ちゃんと裾を持て」

 冷たさで言ったら山あいを流れる地元の川の水の方が冷たい。それでもリディアはこちらが良いと思った。ミストを流れるあの水も巡り巡って混じり合い、いつかここに辿り着くのだろうか。そう思うと水ですら妬ましい。

 一通りはしゃぐと、リディアはエッジの待つ岩場へ戻った。エッジは竹筒を取り出すと、リディアの膝下からさらさらと流し、丁寧に足の砂を落とした。その後手拭いで水分を拭われる。足の指の間までエッジの手が差し掛かると、リディアはくすぐったくなって笑い転げた。

「パンツ見えるぞ」
「あははっ……み、見ないでよ! ふふ、あはは……!」
「見えた」

 顎を蹴られたエッジは仕上げにきちんとサンダルを履かせた。
 並んで座り海を見やると、太陽が水平線とくっついてとろりと溶け混じっている。頃合いがミストの日没とそんなに変わらないな、と思い夏の終わりを感じた。


 帰りの飛空挺でリディアはまた寝入ってしまった。寝入り端に見た、「良く寝るなあ」という呆れ声と、被せられた薄手の布と、柔らかく唇を塞いだ感触は、今となっては夢だったとリディアは思っている。



「今日はありがとう、エッジ」
「どういたしまして。たまには遠出もいいだろ」

 リディアはエッジに握手を求めて手を差し出した。程なくそっと握られる。

「私、今日のこときっと忘れないわ。そのくらい楽しかった。さようなら、エッジ。もうエッジには二度と会わない」






スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。