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斜めうしろ45度




 リディア達が幻獣を追って辿り着いた磁力の洞窟には、パロム、レオノーラ、そして操られたシヴァがいた。
 トロイアの少女、レオノーラとの出会いだった。



「あの、リ、リディア様……」
「レオノーラ。体調はどう?」

 船室から外を眺めていたリディアに、レオノーラがおずおずと声を掛けた。見紛えば怯えているようにすら思えるが、どうやら常からこの調子らしい。

「だ、大丈夫です! 何だか大事になってしまって、驚いていますが……」
「そうね。……みんな無事だといいんだけど」

 憂うリディアの横顔を見つめ、レオノーラが神妙な面持ちで頷いた。重くなった空気を切り換えるようにリディアがそうそう、と手を合わせた。

「レオノーラは、トロイアの神官さんなんだよね?」
「今はまだ見習いですが、きっとなりたいと思っています」

 自信なさげな物言いに反して、レオノーラの瞳は真剣だった。リディアはそっと口角を上げる。

「うん、その心意気!」
「ありがとうございます! ……あの、リディア様のお話は、パロムから聞いていました。リディア様は召喚士でありながら高名な黒魔法の使い手だって」

 神官になる修行の一環で黒魔法をパロムから教えてもらっているのだ、とレオノーラは付け足した。

「高名なんて初めて言われたわ。パロムの方が凄いと思うけどなあ」
「いいえ! 口をこーんなにひん曲げてたので、絶対本当です!」

 レオノーラはいーっと口端を下に引っ張った。身を呈した物真似だ。パロムが見ていたらレオノーラは今頃、刺されんばかりの冷気に包まれていたに違いない。
 さすがにリディアは声をあげて笑った。

「じゃあパロムの優しさに甘えて認めましょう! ああ、私の事はリディアでいいのよ?」

 涙すら浮かんできた目元を拭いながら、リディアが言った。リディア様なんて呼ぶ人は周りにいないのだから何ともむず痒い。これがエッジやギルバートなら慣れているだろうけれど。
 レオノーラは慌ててぶんぶんと両手を振ってみせた。

「そそそそんな! 出来ません! 私みたいな若輩者が……!」
「でもパロムのことは呼び捨てなのに」

 軽く口を尖らせたリディアは、レオノーラの想像していた黒魔導士リディアとは少し違っていた。
 レオノーラはパロムのせいか理知的で切れ者――そう、黒魔法に例えるのならブリザラ――という少々偏った黒魔道士のイメージを持っていた。拗ねたようなリディアの表情は少女のようにすら見える。肩の力が幾分か抜けた。

「パロムは一応年下ですし……えっと、呼び捨てにしないと凄く不機嫌になるので仕方なくなんです……」
「あ、そうなんだ。レオノーラはいくつなの?」
「パロムの二つ上です」

 途端にリディアの動きが止まった。きょとんと瞬きを繰り返すリディアに、おろおろとレオノーラが声を掛けようとした時。

「リディアー。見張り交代の時間だぞ」

 エッジがひょこりと顔を覗かせた。レオノーラを目に留めて、片手を挙げる。
 レオノーラからしてみれば見知らぬ遠い国を統べる国王陛下だというのだから、より一層恐縮して縮こまった。何だろう、この船には有名人しか乗れないのだろうか。

「すみません! 私がリディア様とお話したいばかりに引き留めてしまって……!」
「いや? 別に構わないけど。代わるかリディア」
「あ、行くよ! ちょっと待って」

 エッジの声に反応してリディアが腰を浮かせた。レオノーラに振り返ってやわらかく微笑む。

「ごめんね、見張り当番だから行ってくるね! 黒魔法のお話はまたしよう。今はゆっくり休んで」
「は、はい! お時間とってしまってすみませんでした……!」

 レオノーラは遠ざかる二人を律儀に見送って、自分に割り当てられた船室へと向かった。あの時、リディア様は何に反応したのだろう。パロムなら何か分かるだろうか。




「……で? どーしたのリディアちゃん」
「え?」

 リディアが首を傾げて何のこと? と付け足すとエッジの顔が僅かに歪んだ。

「えー。なんか凄いそわそわしてるっていうか、どう見ても変だぞお前。やっぱ休む?」
「どうして分かっちゃうの」
「ほれ見ろ」

 リディアの滑らかな額をぐりぐりと突っついてやると、むくれて額を押さえ、話し出した。

「私ね、本当ならレオノーラと同い年だったの。驚いちゃって、一瞬動けなかった。今まで気にしたことなかったし、自分でも不思議なの。
悲しいっていう訳じゃないの、本当に。なんて言うのかな? こういうの……」

 リディアの言葉は流石に予想外だったに違いない。エッジの歩みはのろのろと遅くなり、しばらく歩いてから組んだ両腕を解いてリディアに差し出した。

「……言葉に出来ない事の方が世の中多いと思うけど、悲しいとか切ないは近いんじゃないか。なにかを置いてきたような気がするっていうか」
「置いてきた?」

 素直にリディアが取った指先を絡め返して、エッジはまた歩き出した。

「うーんと、本当ならあの辺……パロムとかと年も近くてとかさ、でもそれならセシルやローザ達ともまた違った関係になってたかもとか。
何かしらの選択のあと、あの時違う選択をしていたらどうなってたかなって思うことは往々ある」
「…………」
「こういうのはどっちも間違いじゃない時が難しいよな」
「……エッジ、やっぱり凄いかも」

 リディアの頬はみるみる紅潮した。エッジを見つめてこくこくと頷く。エッジの答えは思っていた以上にリディアの胸にすとんと落ちた。もしかしたらずばり言い当てられている。
 特別なことじゃなく、垣間見えた選ばなかった道の先が気になるという、誰にでもあるそれだけの事だったのかもしれない。

「しかしまあ何よりも、間違いだったなんて言われたら」
「……言われたら?」
「俺が困ります」

 意地悪そうに笑うエッジの逆の手が、リディアの頬に触れた。先ほどまでとは違う意図を持って、指先が唇を掠める。

「ちょっと! こんなところで!」
「ここじゃなかったらいいんですか」
「そういうことじゃなくて! 見張りなんだから早く行かなきゃいけないでしょ!」

 あっさりと手を離したリディアはつんと顔を背けて、逃げるように走り出した。手を離したところでどうせ同じところへ向かうのだ。エッジはくつくつと笑うと、その背中に投げかけた。

「通路は走らない!」





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