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よすが



「具合はもういいの?」

 ――あの後。
 まさしくバブイルの塔から降ってきた五人にリディア達は盛大に驚かされた。リディアは急いでファルコンの船室に全員を突っ込み、手当てに駆け回ることとなった。
 中でも治癒術の使えたイザヨイという女性と、ツキノワという少年は己の傷も顧みず彼らの主の治療に当たり、先ほどからはこんこんと眠りに入っている。

 一足早く起き上がって来たエッジを振り向きざまに窘める。

「まだ、寝てなきゃ」
「大丈夫だ。お前とあいつらのお陰だ」

 エッジは甲板の柱に身を凭れかけたリディアの隣に、するりと体を滑り込ませた。

「……エッジの傷が一番酷かったわ。みんなを庇ったんでしょう」
「俺がのろまだったからやられただけです」
「……もう」

 リディアがぐにっ、エッジの頬を抓る。痛い痛い、笑いながらエッジはその手を取って指を絡めた。

「……リディア、会いたかった」
「無事で良かった、エッジ……」

 リディアが潤む瞳をゆるりと細めた。二人の顔は近づいて、やがて――

「ちょっと!!いますよー! ここに人いますー! あとあんたら先々週も会ってるでしょーが!!」

 ルカの大声でファルコンが揺れた。リディアが凄まじい勢いでエッジを突き飛ばし、

「……私もいるぞ」
「だからおめーは誰だよ!」

 黒衣を纏った厳めしい男がぼそり呟いた。だから一体誰、誰なの。不審を隠そうともせず、エッジの眉は盛大に寄った。

「気を取り直して、ねえお兄さん。次はどうしたらいいんだろう?」
「ってホイホイ聞くなよ! 信用していいのかこいつ」

 黒衣の男がちらりとエッジに視線を寄越す。やや間があってから、男は低く呟いた。

「……繰り返されているのだろう」
「……!」

 一瞬で強張ったエッジの表情を見て、リディアとルカは男を振り返った。男は蒼い瞳をそっと伏せる。

「……バロンへ、セシルの元へ向かう」





 エッジは操縦に付きっ切りのルカに交代を申し出たが、絶対嫌だと突っぱねられすごすごと退散した。熱気を帯びた地底特有の風が先ほどの少女との対峙を思わせ、どうにも落ち着かない。
 振り払うようにうろうろと歩き、結局甲板の後方へと足を向けた。

 今やファルコンはルカのもので、ここにはセシルもカインもローザもいなかった。何もかもあの頃と同じなどということはない。世界は確かに変わったし、己も変わった。例えば――

「エッジ」

 思案に暮れていたエッジの意識を、澄んだ鈴の音が引き上げた。

「リディア」
「ねえ、……また、戦わなくちゃいけないのかな」

 思ってはいたが、認めたくなかった。また蒼き星に何かが起こっている。エッジはつとめて明るく表情を作る。
 ふと思い付いたように左手を振った。
 ――例えば消えない傷、とか。

「そう、お前な、今回は俺のこっち。左側から離れるなよ」
「どうして? いつもはそんなこと言わないのに」

 リディアが可愛らしく頬を膨らませた。しかしその瞳は決して笑んではいない。エッジは深く息を吐いた。

「……いいから。頼む」
「分かってるわ。だから右側がいいの」

 リディアはこう見えて頑固だ。それを差し置いてもなお頑なな言葉に、エッジの体はぎくりと強張った。

「エッジと同じで、わたしにだってどうしても守りたいものがある。だからここに置いて。……絶対に譲らないわ」

 見透かされている。エッジが唇を歪めた。
 斜めに大きく傷の走った右目は、それ以来ほんの少し彼の死角を拡げていた。そんな右側にリディアを置きたくないのは確かにエッジの想いそのままだった。リディアも頑として譲らない。

「あなたは絶対にわたしが守るから。だから……」

 雫を湛えた一対の翡翠が見る間にぼやけていく。
 エッジは動けなかった。見透かされた悔しさと、暴かれた歓喜に折り合いがつかない。
 思い出すのは、いつだって出逢いの瞬間だ。死に急ぐエッジを止めたのは、あの時もこの濡れた瞳だった。

 頬へと雫がこぼれた頃、エッジはようやく引き結んだ口端をかすかに上げた。

「分かった。右は任せた。誰も死なせない。約束する」
「……良く言った! それでこそお館様!」

 顔を上げたリディアは一拍置いてから、濡れた瞳を弓なりに細めた。声に気丈を乗せてえへんと胸を張る。

「舐めないでね。わたしはあなたの、隣に立てる女なんだから!」
「全くだ。参りました」

 眦に残る涙の粒を指先で拾い上げながら、エッジは負けを認めた。
 奥へと仕舞われることも、守られる為の場所へ置かれることも厭うこの女は、確かに俺の隣に立って前を向ける、唯一の女なのだ。
 二人の顔が近づき、唇が触れ合おうかという頃、またしてもドワーフの姫君の怒号でファルコンは揺れた。

「あんったたちねえ! いつまでやってんの! 早く降りなさいよ!!」

 気付くと場所はバロン付近の森、城下の目の前。予想が当たっているならば、敵地の目の前だった。明らかに眉を吊り上げながら腰に手を当てたルカと、黙して目を伏せたまま腕を組んだ男の無言の圧力。
 エッジとリディアは慌ててファルコンを飛び降りた。

「すみませんでしたー!」

 頭を下げながらそっと二人は顔を見合わせて舌を出した。
 先に何が待っていても、この居場所は確かなものだろう。







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