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いろは




「のろま、ドジ、おたんこなす。ボーッとしてるからそんなんなるんだよ」

 コテージの一室で、リディアはいつもの馬鹿っぽいそしりはしりを浴びていた。リディアは幾度か拳を振り上げかけてはぐっと堪え、手元に意識を戻す。

「チビ」
「チビは関係ないでしょ! ついでにおたんこなすも!」

 そのうち気が済んだのか悪たれ口の持ち主エッジは、黙ってリディアのつむじを見下ろした。エッジの左腕に覆い被さったリディアは、ぴしりと弛みなく巻きつけた包帯にちょうど留め具を付け終えたところだった。
 最初の頃よれよれだったリディアの処置も、今となっては大分上達していた。つまりはそれだけ一行に怪我が多いということなのだが。
 なんだかなあ、とエッジはぬるい息を吐いた。

「できた」
「さんきゅ」
「その……ごめんね」

 薄く血の滲んだ包帯を見つめて、リディアが頭を下げた。この顔が見たくないから、わざわざああやって子供っぽい真似をしているのに、結局はこうやって悲しませてしまうのだ。

「……いいから」
「でも」
「みんなで決めたことだろ」

 リディアは押し黙って頬を膨らませた。エッジの傷はリディアを庇って出来たものだ。
 戦闘中、混戦するとどうしても注意が散ってしまうから、担当を決めよう! とのたまったのは聖騎士だった。セシルはローザ、カインは飛ぶことが多いので全体を見て、じゃあエッジはリディアをよろしく、が決定した割り振りだ。

「あの体力馬鹿はいいけどよお」
「カインに変わってもらおうか?」
「それはダメ」

 リディアの担当を頑として譲らなかったのはエッジである。そもそも配置としては前述のとおり順当ではあったのだが、とにかくそれ以前にエッジは主張した。あの時のローザのええはいよーく分かりますとも、とでも言いたそうな笑顔は今思い出してもちょっとムカつく。

「……わたしがもっと素早かったらなあ」
「詠唱中は仕方ないって」
「うー……のろまって言ったり仕方ないって言ったり……」
「俺だって術を使うから少しは分かる。でも俺のが百倍早いからな」

 百倍とは随分な大口である。が、リディアは返さず上半身をベッドに投げ出してごろごろと身を捩った。
 こらこらこらこらはしたない。口元まで出掛かった言葉を飲み込む。伸ばせば触れる距離を突き放すのもまあ勿体無い。

 ぴょんぴょんと揺れる癖っ毛を眺めながらエッジは壁に背を預けた。唸りながら奇妙に回転する少女を見ているのがこんなに楽しいのだから、我ながら重症だ。

「そうだ!」

 がばりと起き上がったリディアは人差し指を天に向けた。その表情は、……あーまたこいつ変なこと考えてる。

「私もカインみたいな鎧を着て、」
「ダメ」

 二度目である。しかも強めのダメである。取り付く島もない。
 言い切る前に否定されてリディアはしょぼんと天に向けた人差し指を下ろした。何だろうと怪我はさせないのだと誓ってくれていることは知っていたので、大人しく言葉を飲み込む。

「じゃあ、もっと……」
「俺ももっと上手く捌くからさ、もう気にするな。今まで通りでいい。それがお前の戦い方だろ」
「……んー、うん……」

 納得しがたい様子ではありつつもリディアは頷いた。おそらく自分があれこれするよりもこれまで通りが良いのだろうことは分かっていた。それこそ自分以外は戦闘のプロなのだから。ただ自分のために人が傷ついていくことが嫌なのだ。それはある意味、リディアただ一人の我儘なのかもしれない。
 分かりやすく落ち込むリディアを見かね、エッジはわざとらしくにやりと笑った。

「じゃあちゅー」
「は?」
「ちゅー」
「二回も言わないでよ!」

 唇を指差したエッジの唐突な脈絡のない言葉に、リディアは顔を真っ赤にしながら立ち上がった。何故だかその仕草から目が離せない。リディアは頭を振った。

「ななななんなのよ急に!」
「してくれたらめっちゃ素早さ上がって避けれるかもしれない。あっ! 今ものすごくそんな気がする!」
「そんな訳ないでしょバカ!」

 そろそろ怒って忘れておくれ。分かりやすく言い換えるとこういうことだ。手先が器用な割につくづく不器用な男である。思惑通り、あっさり眉を釣り上げたリディアがエッジの首根っこをひっ掴んだ。

「うおっ」
「あんたなんかねー!」

 振り上げられた掌に、反射的にエッジは目を閉じた。しかし訪れるはずの衝撃はなく、代わりに頬に柔らかな感触が残された。ささやかな間のあと、リディアは踵を返す。部屋には間抜けに口を開けた男一人。
 あれ。今のって。

「……あれ?」
「べーっだ!」

 扉に手を掛けたリディアが、振り向きざまに舌を出した。耳まで赤く染まった顔はふるふると震えている。

「も、もう一回……」
「バカバカバカバカもう知らないっ!」

 手近にあった枕がエッジの顔面を直撃した。白い羽根がいくらか舞う。コテージ備えつけなのか、ローザ辺りが用意したのかは知らないが割と良い枕じゃん、と思う間にリディアの姿は消えた。
 バタン!荒々しく閉まった扉の向こうで、少女のものとは思えぬ重低音の足音が遠ざかって行く。……この後、もしローザの気配が扉の向こうに現れれば、おそらく俺の人生はここまでだ。冷えた汗が首筋を伝った。

「はーたまらん……」

 エッジはそのままよしよしと枕を抱きしめてベッドへと突っ伏した。
 ご褒美のキスなんかなくったってこれからもしっかり守ります。照れ屋で素直な彼の女神に誓って、左腕をそっと上げた。




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